「知っている人」と「知らない人」のあいだで
── 自分の土台を、ぼかして話すということ

公開日:2026年10月18日 / 書いた人:FUN TO MOVE オーナー(FTM当事者)

これは、何かを解決するための記事ではありません。 ふだんから感じていることを言葉にしておけば、同じように感じている誰かが「ああ、自分もそうだな」と思えるかもしれない。 そういう話を目にする機会は、意外と少ないと思うので。それに、書くことは自分の頭の整理にもなります。

友だちの中に、知っている人と知らない人が混ざっている

トランスする前からのわたしを知っている人と、トランスしたあとにわたしと出会った人。友だちの中には、その両方が混ざっています。 仕事で会う人は、わたしが以前は女性として生きていたとは思っていません。

だから、相手ごとに「この人は知らないから、ここまでは話す」「ここから先は話さない」と、いつも頭のどこかで線を引いています。 ものすごく大きなストレスというわけではありません。初対面の人にいきなり何でも話さないのは、誰にでもあることです。 ただ、わたしの場合はそれが毎日、ずっと続いている。そんな感じです。

自分の土台を、ぼかして話す

わたしには、子どものころから社会人になるまで、長く打ち込んだスポーツがあります。 けっこう本気で上を目指していて、そこで過ごした時間と仲間は、今の自分の土台になっています。

でも、いまの趣味の仲間のほとんどは、そのことを知りません。「そのスポーツをやっていた」とは話せても、それが女子チームだったとは思っていない。 もし「どこのチームだったの?」「今はどこが強いの?」と深く聞かれたら、男子の世界のことは答えられないし、正直に話すこともできません。 いまのところ聞かれずに済んでいますが、掘り下げて聞いてくるタイプの人だったら困るだろうな、と思うことはあります。

過去の話ができないというのは、自分をつくってきたものの話ができない、ということでもあります。 いつもどこか、ぼかして話さなきゃいけない。それが、軽いけれど、ずっとあるストレスです。

この間の集まりで

先日、趣味の仲間との集まりで、学生時代の先輩が働いているお店に行きました。 先輩は、同じチームで一緒にプレーしていた人です。

その先輩は、みんなの前でわたしのことを、さらっと「男子チームの後輩」ということにして、男性の後輩として呼んでくれました。 聞かれない限りそれ以上は話さないし、わたしも話しません。 助けてもらったうれしさと同時に、先輩にまで気をつかわせてしまったな、という気持ちが残りました。

同じように感じている人へ

全部をオープンにする必要はないし、全部を隠す必要もない。誰に、どこまで話すかは、自分で決めていいことです。 それでも、相手ごとに話す範囲を切り替えながら暮らすのは、それなりにエネルギーがいります。 もしあなたも同じように感じているなら、それはあなたが弱いからではなく、そういう日常を生きているからです。

ここに書いたのは、わたし一人の、今の気持ちです。また少しずつ書いていきます。

話せる場所がほしいときは 知っている人にも知らない人にも話しにくいことは、顔も名前も知られずに話せる窓口で言葉にしてみるのもひとつの方法です。 相談先の一覧/困りごとQ&A「こころのこと」

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